ノート:Eastern youth
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イースタンユースからの影響を公言しているバンド
[編集]ほとんど内容のない「音楽性」の記事の中で、特定バンドを名指しする必要があるでしょうか。メジャーデビュー期から折に触れてインタビューで話題にし、触発されて曲(「地下室の喧騒」「サヨナラダケガ人生ダ」いずれも出会いの曲と説明。)まで書いたナンバーガールについては確かにこのバンドと関わりが深いといえますが、ソニー系の2バンドについてはなぜこれらのバンドのみを数あるバンドの中から選び出したかの説明が必要でしょう。現時点での知名度は参考にならないはずです。この点がクリアできなければ削除が妥当だと思います。
- 一旦削除します。復活する場合は上記をクリアしてください。--58.3.98.116 2008年2月13日 (水) 16:30 (UTC)
ナンバーガール関連の出典
[編集]なお、要求されている出典ですが、What's in? ES誌99年11月号にナンバーガールとの出会いを含め、多くの影響バンド(主としてエモ。キャンディーズ含む)について語ったインタビューがあります。このほか、シンコーミュージックムック『爆音侍』激情無宿編は50ページ以上の特集記事ですが、インタビューの冒頭で和田アキ子について語っています。ほかにも、東京版ぴあでの連載記事、Crossbeat誌やDoll誌のインタビューなど活字になった出典記事はいろいろありますが、わずか数行の記事でこれだけの出典を明示するのは不釣合いではないかと思います。メジャー系バンドであれば、バンド側の宣伝資料記載と思われるものなどほとんど出典なしで載っているように思うのですが。
一応出典に関する詳細情報を。
- 「地下室の喧騒」の由来
- 1999年秋頃のタワーレコードのフリーペーパー。アルバム先行シングルのカップリングか、アルバム自体のプロモーションインタビューで、ナンバーガールの衝撃をピクシーズ風に仕立てた、「俺とアンタは出会うだろうか」という詞は出会いを求めるもの、と解説。現物が手元にありませんのでお持ちの方、いたら訂正をお願いします。
- 「サヨナラダケガ人生ダ」の由来
- 1999年9月10日ライブ企画極東最前線25。ナンバーガールがゲスト。バンド顔合わせの時にナンバーガールが「博多祝い目出度」を歌ったことを紹介し、地元荻窪の詩人の詩に曲をつけた、と弾き語り。于武陵「勧酒」の井伏鱒二による訳詩。後にCD化。渋谷クアトロのモニタービデオが保存してあれば確認可能です。
- 吉野自身はナンバーガールの楽曲にイースタンユースの影響はないとし
- What's in? ES 1999年11号 pp107-109 連載ES音楽ゼミナール 聞き手:石井恵梨子
- 「向井さんにとってはイースタンとブッチャーズがすごく大きな存在だ、っていう話を聞いたことがあるんですけど」吉野「それ、俺の名前が出たのは最近知り合いになってからでしょう。俺たちの影響はちょっと感じられないし。何を言っとるんだ、世渡り上手め、って(笑)」
- そのオリジナリティーを高く評価した
- Crossbeat 1999年11号 pp70-72 聞き手:小口正貴
- 「最近じゃあ、こないだ一緒にライヴをやったナンバーガールと急激に接近しましたが、彼らに惹かれた理由は?」「俺はそうそう簡単に首は縦には振らない男なんだけど、認めざるを得ない音楽をやってるって感じですかね。前のアルバムまではまだジェラシーぐらいだったんですよね。(中略)でも新しい赤いジャケットのやつありますよね。あれはちょっと『ああ、もう行ったんだ』ってな感じで。『違うところ、俺の行けないところに行ってるなあ』って感じ。軽くやってるところが、やっぱ才能の世界って、厳しい世界だなって思いましたね。(中略)ブッチャーズとファウルで打ち止めかと思ってたけど、もう一個刺客が出て来たっちゅうか、思わぬ伏兵っていうかね(笑)」
- 同じ記事で札幌時代のブッチャーズに言及していますが、キーワードが「とても特殊なオリジナリティのあるバンド」。「影響はされてるんだけど、俺は違う方面で負けない何かがあるはずだって思いがすごくみんな強かったんで。似てたらバカにされるぐらいですよね」
- これは吉野がブラッドサースティーブッチャーズ、ファウル以外の国内ロックバンドの音楽性に公に言及した稀な事例である
- 悪魔の証明っぽいですが。1-4の1999年秋の状況は、イースタンユースのセカンドアルバムが出て、ナンバーガールがメジャーデビュー直後のプロモーション真っ最中、加えて日本のメディアにアメリカのエモブームが到達してイースタンユースにコメントを求められる機会が増えた、という特殊な状況の積み重ねがあったとはいえ、これに類することはその後のアルバム発売時のプロモーションではやっていません。強いていえば、SAKEROCKのアルバム発売に際してのコメントやその後の交流が似ていますが、音楽性に言及というよりは自分がその音楽のファンである、という趣旨がかなり混ざっていて、他のアーティストの作品へのコメントとはっきり違うとは思えません。
- 坂本商店時代の盟友ファウルへの言及は、ライブ企画極東最前線シリーズでのものが多いです。トイズと契約中にこの企画が3回CSで放映されましたが、いずれもファウルのライブ込みでの映像で、このうちの1回目でファウルがブラッドサースティーブッチャーズと並んでいかに特別なバンドであるかをイースタンユースのメンバー全員で紹介しています。
- 削除して4からの引用に書き換えました。今後誰が出てくるかわかりませんし。--58.3.98.116 2008年2月13日 (水) 16:30 (UTC)
- 一方で、自らが影響を受けたと公言する音楽家・作家・詩人は、キャンディーズ、和田アキ子にはじまり、新旧・メジャーマイナーを問わず極めて多岐に亘る。
- 表題と離れますので項目を分けます。
イースタンユース吉野が影響を受けたと公言する音楽家
[編集]メジャーデビュー後の主要なインタビューをあげます。
- 「主要」の基準は単に挙がっている例が多いことです。たとえば、カバーしているバンドのうちコクシネル(一分間)、ジャックス(時計をとめて)、少年ナイフ(コンクリート・アニマルズ)は以下のインタビューでは言及されていません。--58.3.98.116 2008年2月13日 (水) 12:44 (UTC)
- 「イースタンユース 歩みは牛の如く」
- 連載ES音楽ゼミナール 今月の講師 eastern youth 「くるくる危ない土曜日」
- What's in? ES 1999年11号 聞き手:石井恵梨子
- エモコアに関する関心が高まった時期の紹介企画の一つ。10枚を挙げるもの。
- 90年代前半の「エモコア」という括りがほとんど聞かれなかった時代に活動して後付的にエモと呼ばれたバンド(Jawbox, Jawbreaker, Cap'n Jazz)、まだインディーで無名だったアット・ザ・ドライヴイン、日本では知名度の低いKarate、ナンバーガール向井氏の紹介というMogwaiと フレーミング・リップス、1997年12月にロッキンオンJAPANのインタビューでも言及したディスチャージとキャンディーズの組み合わせというラインナップ。そしてナンバーガール。
- フガジなど10枚には含まれていないバンドについても理由(他で言い過ぎたから別のものを、等)をあげて例示しているので実質はもっと多い。
- 次の連載を担当したハスキング・ビーが当時アメリカでブームだったエモバンドを並べているのと対照的。
- シンコーミュージックムック『爆音侍』激情無宿編(2001年8月発行)
- 「吉野が語る、自身の音楽ヒストリーと音楽への愛情」 取材・文:小林英樹/梅沢直幸(5ページ)
- 札幌時代、増子真二(DMBQ)と歌謡曲シングルを買い漁った話から、「(ヘビメタ以外)音楽にボーダーを設けない」
- パンク通販に「一番いいレコードをください」と手紙を書いた中学時代からのパンク・ハードコア史
- その他、ハードロック、グランジ、ラウンジ等さまざまな話題で
- アイドル歌謡については「吉野寿 天下御免のアイドル歌謡大放談!」聞き手:シーナ(4ページ)「透明感」がキーワード。